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地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
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地震をバスターしたい!



来るか来ないかわからないものは待っていてもしょうがない。



地震を根絶やしにするのだ!



・・・という正義の味方が現れてくれたらいいな。



そういうヒーローってこれまでいなかったですよね。



地震とかあらゆる災害を倒す、みたいな。



そういう戦隊ものもあっていいのでは?



「でたな、地震!」とか言いながら。



地震破壊光線とか出したり?











【協賛サイト】

しろうのおもむくままに





【参考情報】

○岩手、宮城で震度3○



 23日午前7時52分ごろ、東北地方で地震があり、岩手、宮城両県で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源地は宮城県沖で、震源の深さは約50キロ、地震の規模(マグニチュード)は4.1と推定される。 





(この記事は社会(時事通信)から引用させて頂きました)

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地震のことを考えると、不眠症になりかねないです。



あまり考えないようにしたいのですが、



地震の動画を集めていると、不安は募る一方ですね。







いつ来るかわからない、来ても対応できないかもしれない、



そういうループが始まり、地震が頭の中をぐるぐる・・・



よくありませんね。



地震が来たらもうしょうがないんだ。



と、開き直る気にもなれず・・・





とりあえずいろんな地震の動画を今後も集めます。







【協賛サイト】

やよいの日記





【参考情報】

○「裏山へ避難」却下される=生存教諭の証言公表―大川小説明会○



 22日に開かれた大川小学校保護者への説明会では、教諭の中で唯一生き残った男性の証言も公表された。地震直後の教職員の話し合いの中で、この教諭が学校の裏山に逃げるよう提案したものの、却下されていたことが明らかになった。

 証言は柏葉照幸校長と保護者に宛てた2通の手紙につづられており、昨年6月3日付。それによると、男性教諭は子供が校庭に避難した後校舎内に戻り、教室やトイレなどを点検。校庭に戻ると教職員数人が話し合っており、男性教諭は「山へ逃げますか」と提案した。しかし、職員の一部から「この揺れの中では駄目だ」という答えが返ってきたという。

 男性教諭はその後も、児童に上着や靴を運ぶため、校舎と校庭を何度も行き来。最終的に学校近くの土手に避難することが決まった経緯については「よく分からない」としている。

 裏山へ避難させなかった理由については「あくまで想像ですが、ずっと強い揺れが続き、木が倒れている状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います」とつづっている。 

(この記事は社会(時事通信)から引用させて頂きました)

地震が都市を襲ったら・・・



考えただけでもぞっとしますね。



地震から逃げ惑う中に自分や家族がいたら・・・



いてもたってもいられなくなります。







都市は別に地震を想定して作られるわけではないみたいです。



でなければもっと頑強に安全が謡われますものね。



地震に耐えられないかもしれないけど、とりあえず成長しましょう。



というのが、ざっくばらんですが近年の都市開発。



できれば地震や他の災害に耐えうる開発計画を発動してほしいものです。







【協賛サイト】

Mr.Childrenの動画ありますよ!ミスチル動画特集!





【参考情報】

○研修会:避難所の運営、ゲームで90人学ぶ 公平性や支援を考え--名張市役所 /三重○



 災害時の避難所の運営について理解を深める「避難所運営ゲーム」(HUG)の研修会が21日、名張市役所で開かれた。市内15の地域づくり組織の防災担当者ら約90人が、避難者を適切に配置する方法を学んだ。

 HUGは、避難者の年齢や性別、持病など個別事情が書かれたカードを、避難所となる体育館や教室の平面図に配置しながら運営を模擬体験する。大地震発生から5時間後の小学校を想定し、グループに分かれて実施。進行役が読み上げる約200のカードを、参加者は相談しながら配置を決めた。

 体調不良を訴える人や妊婦、車いすの人、ペット連れや酒臭い人などが次々と訪れる想定。「同じ地区の人は一緒に」「教室は病人優先」などと公平性や支援が必要な人への対応を考えながら振り分けた。「首相が20人を引き連れて見舞いに来る」といった突発事態もあり、「切羽詰まっているので、そんなの放っておけ」と言う参加者もいた。

 約2時間、避難者の対応に追われきりだった参加者は「災害が起こる前に、あらかじめ部屋割りのルールを決めておいた方がいい」などと話し合った。桔梗が丘自治連合協議会の吉野孝司さん(73)は「いざというときのための段取りは用意しなければならない。地域住民を巻き込んで訓練したい」と話していた。【矢澤秀範】

〔伊賀版〕



1月22日朝刊





(この記事は三重(毎日新聞)から引用させて頂きました)

地震が来たら、まずはどうすればよいでしょうか?



逃げるにこしたことはないですが、



地震から逃げるというのがどういったものか、あまりぴんときません。



動画を見て、その方法を考えておくのは重要かもしれません。







地震が起こらない土地に行くというのもよいですが、



それだけで人生左右されてもつまらないかもしれない。



地震が起きることはしょうがない、と思い、なるべくそのことを想定して、



暮らしていくしかないのでしょう。





いやあ、本当に地震は怖いです。







【協賛サイト】

元気な村の日常





【参考情報】

○また「町の人たちのたまり場」に 部員ら通う床屋さんも無からの再出発○





【僕たちのプレーボール 新春(2)】 がれきの中に、蛇口だけがぽつんと残っていた。ほかには店の痕跡を示すものは何一つなかった。



 昨年3月13日。東日本大震災から3日目の早朝。宮城県石巻市で理髪店を営む藤井浩治(46)は、避難していた高台にある石巻高校から、自分の店の方にひとり下りていった。「どうしても行ってみたくて」



 日本製紙石巻の野球部員らも訪れる「ヘアカットクラブ・マーク」は、津波と火事にのみ込まれた同市門脇町にあった。



 「まだまだあちこちくすぶっていて、どこに自分の店があるか、わからなかった。コンクリートのところを探して歩くようにして、ようやく蛇口を見つけ、ここか、とわかった」



 震災が起こったとき店にいた藤井は「5分後に6メートルの津波が来る」というラジオの情報を聞いて、すぐに日和山の方に向かった。「そうはいっても、どうせ1メートルぐらいだろうなと思っていたので、すぐ店に戻るつもりで携帯電話も売上金もそのまま残してきた」



 しかし津波は店のあった地域一帯をのみ込み、藤井はそのまま家に戻れなくなる。妻子は無事だったが、両親と自宅と店を失った。



 「おやじは2階に上がったところで、おふくろは多分、北側の納戸から流されたんだと思うが、近くの木のところで亡くなっていた」。両親を見つけたのは藤井だった。「全然、涙、出ねえんですよ。ただ呆然とするだけだった」



 ***



 「ヘアカットクラブ・マーク」は、日本製紙石巻野球部の部室の近くにあり、外野手の西尾俊介(29)らがよく通っていた。



 「野球の話はあまりしなかったかな。バイクとか趣味の話をよくしていた」と西尾が言えば、藤井も「彼らが一昨年、都市対抗に出たときは石巻市民としてうれしかった」。



 店名に「クラブ」と名付けたのは、「昔の床屋さんのように町の人たちのたまり場になってほしいと思ったから。集まってワイワイおしゃべりできるような、そんな店にしたかった」



 生まれも育ちも石巻。仙台の理髪店で働いた後、平成8年に石巻に帰り、自分の店を持った。日本製紙の野球部員もやってくるようになり、藤井が願ったように、近所の人たちが集まってくる店になった。



 そんなとき、襲った地震。



 理髪師にとって命のように大切なハサミもすべて津波に流された。手になじんだハサミはかけがえのないものだった。



 しかし、藤井が被災したことを知った仙台時代の後輩たちが、藤井が使っていたハサミと同じものを探して持ってきてくれた。



 「うれしかった。人のつながりのありがたさをこれほど感じたことはない」



 ***



 昨年夏に行われた都市対抗東北予選の直前、藤井はハサミを持って、日本製紙石巻野球部の部室を訪れた。西尾らの髪をカットするためだ。



 「こうなったら都市対抗に行ってほしかったんだけどね」。東北予選で敗れ、日本製紙石巻は都市対抗本戦出場を逃したが、藤井は「今年に期待している」という。「この野球部は、もちろん日本製紙さんのチームなんだけど、石巻の代表でもあるんだ。だから都市対抗は応援に力が入る」



 店を失ってから、得意客のために出前でカットをしていたが、昨年12月10日、石巻市立町に作られたプレハブの仮設商店街「石巻立町復興ふれあい商店街」のなかの一軒として、12坪の「理容石巻」がオープン。藤井をはじめ被災した理髪師4人が共同運営している。



 「鏡と椅子があるところでやれるのはすごくうれしい。みんな待っていてくれたからね」。藤井は笑顔で語った。



 4月中旬には藤井の新しい店がオープンする。元の店からほど近い場所で、店名も同じ、「ヘアカットクラブ・マーク」。



 震災から立ち上がろうと前向きに生きる力。その源は人と人との絆にほかならない。=敬称略(亀岡典子)





(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)

地震が最近気になって仕方ありません。



まずいつ地震が来るのか、これは誰にもわからないという点。



たぶんどれだけ科学が発達しても、どんな自然災害が起こるか、誰も予測できないと思うのです。



そういった時、この場合は地震が来たときにどうすればよいのか。



これはかなり大きな問題です。







まずは地震の恐ろしさを想像するところから始める必要があると思います。



地震の力がどんなものか、このサイトで見ることで、心を常に備えておくのもひとつの考え方ではないでしょうか?







【協賛サイト】

オレンジな日々





【参考情報】

○コミュニティーFM放送:災害時の役割考える 9局の担当者らが意見交換会 /静岡○



 災害発生時のコミュニティーFM放送の役割を考える意見交換会が19日、県庁であり、東日本大震災の被災地で放送に携わった関係者を交え、県内ラジオ局の担当者らがきめ細やかな災害情報の提供や、運営課題などについて話し合った。

 コミュニティーFMは主に市町単位で地域に密着した情報を提供する超短波放送。この日は県内の全9局の担当者の他、県の危機管理担当者や市町職員が参加した。

 「富士コミュニティエフエム放送」(富士市周辺)の佐野智恵子営業部長は「昨年3月15日に富士宮市で発生した震度6強の地震の際、多くのリスナーから情報を寄せてもらい、地元に密着した情報を流すことができた」と述べた。さらに「市と防災協定を締結した場合、どこまで責任をもって情報提供すべきか考えたい」と課題を語った。

 「浜松エフエム放送」(県西部)の佐々木伸介統括部長は「災害時はFMを聞いてほしいという広報活動がまだ不十分だ」と強調した。

 意見交換会には宮城県石巻市から「石巻コミュニティ放送」の鈴木孝也専務もオブザーバーとして出席。被災直後はメールを中心に多くの情報が寄せられたという。「『行方不明だった知人を見つけることができた』という声も寄せられ、本当に必要な情報を流すことができた」と意義を語った。行政の情報提供だけに頼らず、発災直後には、協力関係を築いていたアマチュア無線クラブによる情報ルートも生きたという。

 意見交換会に参加した県の小林佐登志危機管理監は「コミュニティーFMは特に財政面で行政がしっかり支えていく必要がある。そのかわり、災害時の役割はきちんと果たしてもらう。そんな関係を平時から築いていくことが重要」と述べた。【平林由梨】



1月21日朝刊





(この記事は静岡(毎日新聞)から引用させて頂きました)

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