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地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
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地震が起こったら根性試しするっていうノリがあるんですよね。



あんまりよくないんでしょうけど、ていうか全然よくないんでしょうけど、バカなノリってけっこう楽しいんですよね。



地震が起こったら公園に集合、そして一気にみんなで河川敷を駆け巡る!



っていう、完全にバカのやることです。



今まで無事だからそんなことやるんですよね。







ホント、地震って恐ろしいものなのに。



っていいながらも、また地震が起こったらやるんだろうなあ、バカだし。







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hanaの日記





【参考情報】

○「家具の固定化やガラス飛散防止を」宮前で震災時の心構え学ぶ防災フェア/川崎○





 地域住民の防災意識を高めようと、川崎市宮前区の宮前市民館で20日、「宮前区防災フェア」が開かれた。約500人が参加し、震災時の心構えやペットとどう避難するかについてなどを学んだ。同区の主催で4回目。



 「突然の災害に備える!」と題した出前講座では、市危機管理室職員が講師を務め、災害に対する日ごろの心構えと準備について説明。地震の心得10カ条として、頭を守るなど身の安全の確保や出口の確保などを挙げた。1995年の阪神大震災では家具の転倒やガラス飛散での負傷者が多かったため、「家具の固定化やフィルムを使っての飛散防止など対策をしてほしい」と呼び掛けた。



 昨年の東日本大震災後、福島県など被災地を訪れた日本愛玩動物協会理事の平井潤子さんが講師を務めた防災講習では、避難中のペットの飼い方などを紹介。治療中のペットなら服用している薬など、持ち出し品に優先順位をつけることを促した。



 フェアでは、宮城県の「南三陸町語り部の会」メンバーによる講演会が行われたほか、宮前消防団が昨年10月に視察で訪れた同県気仙沼市などを写真で紹介。防災関係団体の出展コーナーでは、防災グッズの配布も行われた。





(この記事は神奈川(カナロコ)から引用させて頂きました)

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地震がすっごく怖いんです、私じゃなくて私の彼氏が。



前に彼氏の家にいたとき、地震が起こって悲鳴上げてたんですよ。



私じゃなくて彼氏が悲鳴を。



地震がコワイのは分かるけど、いくらなんでも甲高い声で叫ぶなんてビビリ過ぎ。







この地震見ただけでも、ちょっとビクっとしちゃうんだろうなー、彼氏。



男としてどうなんだよオイ。







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ちびまる子ちゃん 動画がいっぱい!





【参考情報】

○情報伝達訓練:津波想定し避難手順確認--熊本市役所 /熊本○



 津波の発生を想定した情報伝達訓練が18日、熊本市役所であり、避難情報を市民に伝える手順などを確認した。【澤本麻里子】

 06年度から毎年「防災とボランティア週間」(15~21日)の期間中に実施している訓練で、今年は東日本大震災を受けて訓練想定に初めて津波を取り入れた。午前6時にマグニチュード8.5の地震が発生し、熊本市は震度6弱を観測。3時間後に2メートルの津波が到達するとの想定で訓練を始めた。衛星携帯電話と防災無線を使って関係機関に連絡・情報収集した後、緊急告知ラジオや災害情報メールなどを利用して避難情報を市民に知らせる手順を確認した。

 終了後、幸山政史市長は「東日本大震災では伝達の遅れが被害につながったと聞いた。メールなどの新しい伝達手段をいざという時に使えるようにしておかなければならない」と話した。



1月19日朝刊





(この記事は熊本(毎日新聞)から引用させて頂きました)

地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。



地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。



兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。







地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……



これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。







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【参考情報】

○昨年の自然災害死者、2万9782人=経済損失は28兆円―国連推計○



 【ジュネーブ時事】国連の国際防災戦略(ISDR)は18日、昨年の自然災害による死者が世界で推計2万9782人に上ったと発表した。ハイチ大地震があった2010年の29万7000人から大幅に減ったが、東日本大震災の犠牲者が1万9846人(行方不明者含む)と全体の7割近くを占めた。

 多数の犠牲者が出たのはほかに、フィリピン南部ミンダナオ島を襲った台風(約1430人)、ブラジル洪水(約900人)、タイ洪水(813人)など。日本やトルコを含め地震による死者は2万943人。

 一方、災害に伴う経済的損失は3660億ドル(約28兆1000億円)に達し、米国がハリケーン「カトリーナ」の被害に見舞われ過去最高だった05年(2430億ドル)を上回った。東日本大震災に伴う損失は2100億ドルだった。 





(この記事は海外総合(時事通信)から引用させて頂きました)

地震は自然の強大なチカラであり、地震を操作するなんてことは現代の技術力では不可能である。



しかし、現代は古代と異なり、地震のメカニズムや事前に察知するだけの術は有している。



それがカギとなるのだ。







古代は地震を神のチカラだと畏怖していたが、現代では科学力によって解明されつつある。



地震は神ではない、自然現象だ。







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サザンオールスターズのヒット曲特集!





【参考情報】

○和田監督1・17復興の誓い 日本中を元気に!○





 阪神・淡路大震災から17年となった17日、阪神・和田豊監督(49)はあらためて野球を通じて日本中を元気にすると誓った。1995年当時はチームの選手会長を務めていた指揮官は、昨年3月の東日本大震災にも触れながら、「野球の底力」を全国の被災者に示すシーズンにすると決意を表明。シーズンの戦いぶりと同時に、選手会の活動にも協力する姿勢を示した。



【写真】「野球の底力」を見せる決意を示す和田監督ら



 あの日のことを忘れられるはずはない。1月17日。阪神・淡路大震災から17年を迎えた和田監督は「われわれにできるのは野球しかない。野球で何とか元気付ける、勇気付けるということを何年も続けていかないと」と話した。



 当時現役だった指揮官は、久慈内野守備走塁コーチと滋賀県内で自主トレ中。前日に現地に入ったばかりだったが、明け方の大地震で引き返すように自宅のある西宮へ。大阪から西へ向かう交通手段がなく「何とか戻らないといけないと、夜中歩いた記憶があります」という。



 「帰ってみて、状態を見た時に…ね。自宅とは離れた滋賀にいたんで、同じだけの揺れを経験していないし神戸辺りの比じゃないだろうし。そういうのをテレビで見ながら、時間がたつにつれて亡くなった方も増えていって…」



 震災から3日後の20日には家族を連れて、再び自主トレ先の滋賀県大津市内へ一時避難。現在、再び同じユニホームに袖を通す久慈コーチや関川外野守備走塁コーチ、仲田幸司さんと合同トレーニングを再開した。



 それから17年。「風化させてはいけない出来事。まだ被災されて苦しまれている方々もいらっしゃる。かなり復興して前に進んではいるんだけど、その中でも苦労されている方々もいる。終わったこととは考えられない」と、現在も継続している問題だ。



 同時に、昨季開幕前に未曽有の被害をもたらした東日本大震災の記憶も生々しい。昨季は被災地の支援に12球団が結束したが、野球の底力が全国の被災者のためにできることはあるはずだ。



 17年前、阪神の選手会長だった和田監督は、チームメートらとシーズンの本塁打数やヒット数に応じて寄付を集め、総額156万円を日本赤十字を通じて被災者へ送った。また翌96年の1月17日には午前5時46分から“追悼自主トレ”を敢行。アスリートとしてできる限りの支援を行った経験は、プロ野球選手会の新井選手会長をはじめ、現役選手にも継承されている。



 選手からコーチ、監督へと立場が変わっても、関西、東北の被災者を思う気持ちは不変だ。「(東北の)被災地だけの問題じゃない。何年も続けていかないといけないし、選手会もいろいろと考えて活動してくれてるから、できることは協力していきたい」と和田監督。戦う後ろ姿や行動で、日本中の復興を支援する覚悟だ。







(この記事は野球(デイリースポーツ)から引用させて頂きました)

地震に真っ向勝負で勝てるわけがない!



人間は太古の昔から地震にはおそれおののき、地震を鎮めるための儀式とかいろいろと頑張っていたらしいから、現代の技術でもそんなのに勝てるわけがない!



地震に対抗するには、気持ちで負けないことだ! 気持ちさえあればどうにかなる!







めっちゃコワイ!!! めっちゃコワイけどコワイからこそ頑張って勝てよオレオイ!!!









【協賛サイト】

ねねの日記





【参考情報】

○福島原発事故で離散の被災者 避難先での交流活発化○



 福島第1原発事故で全国に分散避難した福島県浜通り地方の住民が、避難先で交流を深める動きが活発化してきた。帰還や生活再建が進まない一方、被災地以外では震災が風化しつつあり、被災者が「故郷」の情報やそれぞれの悩みを話し合う必要性が高まっている。



 12日、福島県白河市の集会施設に福島県南地方に暮らす浪江町民100人以上が集い、「浪江ネットワークしらかわ」を設立させた。発起人代表で同市に避難する若月芳則さん(61)は「年が改まり、さまざまな判断や決断を迫られることになるが、困ったときこそ絆を支えに前へ進んでいこう」と呼び掛けた。

 県南地方では、仕事の都合や親類の事情などで借家やアパートに暮らす人が多く、当初は支援物資も満足に届かなかった。口コミで人を集め、企業などから届いた支援物資を分け合う窓口として有志が集まったのが、ネットワークの始まりになった。

 ネットワーク設立は行政との連携強化も狙いの一つ。これまでも茶話会を開いたり、農協の催しに「なみえ焼そば」の屋台を出したりしたが、個人の集まりでは、支援を得にくい事情もあった。

 浪江町は全域が警戒区域と計画的避難区域。町民2万1000人のうち3分の2は福島県内に、残り3分の1が県外へ避難している。避難先での町民の交流について町は「人と人との絆づくり」(馬場有町長)と位置付け、会場の確保などに補助している。東北と首都圏を中心に13の組織が設立される見込みだという。

 新潟県柏崎市では、大熊町民による「あつまっか おおくま」=実行委員長・愛場誠さん(63)=が昨年9月に活動を始め、避難者自ら継続的に交流の場を創り出している。

 個人情報保護法によって、町民が同郷の人の避難先を知りたいと思っても役場では教えてくれない。昨年5月、愛場さんが知人と再会したのが設立のきっかけになった。

 「柏崎市のスーパーへ買い物に行ったら、会ったことのある人がいて感動した」と愛場さん。互いの知り合いを教え合うなどして輪を広げ、現在は40人の会員がいる。

 市内の公共施設などを借りて、交流会を毎月開催。昨年11月には、2004年の新潟県中越地震で全村避難を経験した山古志村(現長岡市)を訪ね、復興を学んだ。愛場さんは「交流会で皆に短いスピーチをしてもらうと、つらかった経験を話して涙を流す人もいるが、思いを共有する仲間がいるからか、終わるころには笑顔になっている」と意義を訴える。

 交流活動について、三宅島の全島避難を経験した宮下加奈減災・復興支援機構専務理事(42)=東京都=は「被災者の連携は目標や目的を共有する上でも必要だし、課題解決を社会へ求める力にもなる。行政やボランティアは過度に関与せず、自主的な活動を尊重すべきだ」と指摘する。

(この記事は福島(河北新報)から引用させて頂きました)

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