地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。
地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。
兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。
地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……
これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。
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○震災で全壊「呑んべぇ横丁」 15店仮設で復活へ 釜石○
東日本大震災で全壊した岩手県釜石市大町の飲み屋街「呑(の)んべぇ横丁」にあった店が、同市鈴子町に建設された仮設店舗で23日以降、順次営業を再開する。震災から9カ月余り。つらい経験を乗り越え、ママさんたちは「夜の活気を復興の糧に」と意気込んでいる。
「何も考えられず、涙も出なかった」。呑んべぇ横丁で「笙子(しょうこ)」を経営していた沢口笙子さん(73)は、震災当時をこう振り返る。
「地震直後、店は倒れていなかった。津波で流されたんだね」。店の近くに住んでいた沢口さんは近所の人に促され、高台へと避難した。
呑んべぇ横丁は市内の屋台が集まり、1966年ごろにできた。木造平屋の長屋形式の飲み屋街で、約100メートルの通りに30を超す店が軒を並べていた時期もあった。
沢口さんが「笙子」を始めたのは17年前。「生活していくため」、初めてこの世界に飛び込んだ。8人も座ればいっぱいになるカウンターだけの小さな店。最初は借りていたが後に購入し、生きている限り店に出ようと決意していた。
「もう店はできない」。4カ月に及ぶ避難所生活。時がたつにつれて増す不安。仲間のママさん1人が震災の犠牲になり、悲しみも深まっていく。中小企業基盤整備機構が建設した仮設店舗で営業再開できることを人づてに聞いて申し込んだが、それでも自信はなかった。
そんな時、背中を押したのは、市内でスナックを経営する妹の菊地怜子さん(68)。落ち込む沢口さんに「できるから、やってみなさいよ」。
徐々に元気と自信を取り戻した沢口さんは今、看板メニュー「みそおでん」の復活に懸命だ。じっくりと煮込んで甘辛く仕上げた秘伝のみそは、多くの横丁ファンをうならせたという。
「持ち前の明るさで、お客さんを幸せな気持ちにさせる店になるといいな」と菊地さん。沢口さんは「仮設店舗での営業は原則2年間。その先はまだ考えられないけれど、待っているお客さんのためにも店を再開したい」と力を込める。年末の開店を目標に、準備に忙しい。
仮設店舗には、震災前の26店のうち15店が入居した。
(この記事は岩手(河北新報)から引用させて頂きました)