忍者ブログ
地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
[45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55
最新記事
(03/16)
(03/15)
(03/15)
(03/14)
(03/12)
(03/11)
(03/11)
(03/11)
(03/11)
(03/10)
(03/09)
(03/09)
(03/09)
(03/08)
(03/08)
(03/08)
(03/07)
(03/07)
(03/07)
(03/06)
(03/05)
(03/05)
(03/04)
(03/04)
(03/04)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

地震がすっごく怖いんです、私じゃなくて私の彼氏が。



前に彼氏の家にいたとき、地震が起こって悲鳴上げてたんですよ。



私じゃなくて彼氏が悲鳴を。



地震がコワイのは分かるけど、いくらなんでも甲高い声で叫ぶなんてビビリ過ぎ。







この地震見ただけでも、ちょっとビクっとしちゃうんだろうなー、彼氏。



男としてどうなんだよオイ。







【協賛サイト】

マウスの日々





【参考情報】

○震災復興シンポジウム:大震災後の町づくり考える--来月10日、都庁で /東京○



 都は「震災復興シンポジウム」を1月10日に新宿・都庁の大会議場で開く。講師には、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町の佐藤仁町長を招く。

 テーマは「地域で行う事前の取り組みと首都直下地震からの復興」。東京が大震災に遭った後の町づくりについて考える。

 津波被害が大きかった南三陸町で復興に向けて陣頭指揮を執っている佐藤町長に、被災の実態と復興への取り組みについて話してもらう。その後、都が取り組む「木密地域不燃化10年プロジェクト」を踏まえ、木造住宅密集地域に焦点を当てたパネルディスカッションを開催。佐藤町長のほか、野沢康・工学院大学教授や菊池千春・東京土地家屋調査士会副会長らが意見を交わす。

 午後1時半開始(同1時開場)。定員400人。無料。事前申し込みを受け付けているが、席に余裕があれば当日でも入場できる。問い合わせ・申し込みは都都市整備局市街地整備部(03・5320・5124)。【柳澤一男】



12月21日朝刊





(この記事は東京(毎日新聞)から引用させて頂きました)

PR
地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。



地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。



兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。







地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……



これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。







【協賛サイト】

いきものがかりを観て聴いて、たのしもう!





【参考情報】

○震災で全壊「呑んべぇ横丁」 15店仮設で復活へ 釜石○



 東日本大震災で全壊した岩手県釜石市大町の飲み屋街「呑(の)んべぇ横丁」にあった店が、同市鈴子町に建設された仮設店舗で23日以降、順次営業を再開する。震災から9カ月余り。つらい経験を乗り越え、ママさんたちは「夜の活気を復興の糧に」と意気込んでいる。

 「何も考えられず、涙も出なかった」。呑んべぇ横丁で「笙子(しょうこ)」を経営していた沢口笙子さん(73)は、震災当時をこう振り返る。

 「地震直後、店は倒れていなかった。津波で流されたんだね」。店の近くに住んでいた沢口さんは近所の人に促され、高台へと避難した。

 呑んべぇ横丁は市内の屋台が集まり、1966年ごろにできた。木造平屋の長屋形式の飲み屋街で、約100メートルの通りに30を超す店が軒を並べていた時期もあった。

 沢口さんが「笙子」を始めたのは17年前。「生活していくため」、初めてこの世界に飛び込んだ。8人も座ればいっぱいになるカウンターだけの小さな店。最初は借りていたが後に購入し、生きている限り店に出ようと決意していた。

 「もう店はできない」。4カ月に及ぶ避難所生活。時がたつにつれて増す不安。仲間のママさん1人が震災の犠牲になり、悲しみも深まっていく。中小企業基盤整備機構が建設した仮設店舗で営業再開できることを人づてに聞いて申し込んだが、それでも自信はなかった。

 そんな時、背中を押したのは、市内でスナックを経営する妹の菊地怜子さん(68)。落ち込む沢口さんに「できるから、やってみなさいよ」。

 徐々に元気と自信を取り戻した沢口さんは今、看板メニュー「みそおでん」の復活に懸命だ。じっくりと煮込んで甘辛く仕上げた秘伝のみそは、多くの横丁ファンをうならせたという。

 「持ち前の明るさで、お客さんを幸せな気持ちにさせる店になるといいな」と菊地さん。沢口さんは「仮設店舗での営業は原則2年間。その先はまだ考えられないけれど、待っているお客さんのためにも店を再開したい」と力を込める。年末の開店を目標に、準備に忙しい。

 仮設店舗には、震災前の26店のうち15店が入居した。

(この記事は岩手(河北新報)から引用させて頂きました)

地震は自然の強大なチカラであり、地震を操作するなんてことは現代の技術力では不可能である。



しかし、現代は古代と異なり、地震のメカニズムや事前に察知するだけの術は有している。



それがカギとなるのだ。







古代は地震を神のチカラだと畏怖していたが、現代では科学力によって解明されつつある。



地震は神ではない、自然現象だ。







【協賛サイト】

蕾の日記





【参考情報】

○新興国メディアが2011年10大ニュースを選出、1位は東日本大震災○





2011年12月19日、新華ネットの報道によると、中国、ブラジル、インド、南アフリカ、メキシコなど13の新興国の18社の大手メディアが共同で行った2011年世界10大ニュースの選出結果が17日に発表された。



【その他の写真】



それによると、東日本大地震による津波と放射能漏れ事故が1位となった。2位は西アジア、北アフリカの不穏な情勢、3位はアメリカによるウサマ・ビンラディン容疑者の殺害事件だった。



このほか、ウォール街の大規模抗議デモ、欧米の債務危機、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏の死去、中国の無人宇宙船「神舟8号」と実験機「天宮1号」のドッキング実験成功、南アフリカのブリックス加盟、世界人口70億人突破などのニュースが選出された。







(この記事は中国(Record China)から引用させて頂きました)

地震に真っ向勝負で勝てるわけがない!



人間は太古の昔から地震にはおそれおののき、地震を鎮めるための儀式とかいろいろと頑張っていたらしいから、現代の技術でもそんなのに勝てるわけがない!



地震に対抗するには、気持ちで負けないことだ! 気持ちさえあればどうにかなる!







めっちゃコワイ!!! めっちゃコワイけどコワイからこそ頑張って勝てよオレオイ!!!









【協賛サイト】

パワーポイントの日記







【参考情報】

○<東日本大震災>年の瀬、不安と決意と…被災者本紙調査○





 年の瀬を迎えた東日本大震災の被災地。岩手県釜石市甲子町の仮設住宅では20日、岩手労働局による就職相談会が開かれた=写真・久保玲撮影。長年続けてきた溶接の仕事を解雇された男性(56)は希望の仕事が見つからず、「このまま待ってはいられない」と重機の技能講習を受けるという。「悪夢のような1年」「亡くなった友人の分も頑張る」。毎日新聞の被災者追跡アンケートに応じた人たちも、さまざまな思いを胸に年を越す。



 ◇岩手



 釜石市のパート従業員、小林さゆりさん(46) 夫婦仲を見直せた1年。震災当日、お父さん(夫)と一晩連絡取れなくて、「私は絶対、この人のことが必要なんだ」と強く思った。いつも口げんかをして「もうイヤだ」とか言ってたけど、本当に無事でよかった。12月24日は25年目の結婚記念日。照れくさくて気持ちは伝えてないけど、私はやっぱりお父さんが必要。来年中には住む場所を決めて、早く家を建てたい。



 大船渡市の漁業、細川周一さん(60) これまでで一番悲しくて苦しい、厳しい年になった。自分以上に不幸な人もたくさんいて、何があっても喜べない。もうできないかもと思っていたワカメ養殖など、前向きにはやっているが、先が読めない。ワカメは来春に収穫できるが、加工するすべがなく、生で売るしかない。船も小さいものしか残っていないので、思うように漁ができるのか分からない。明日の事も分からない。



 ◇宮城



 気仙沼市の無職、村上文子さん(78) 悪夢のような1年だった。今でも現実としてとらえ切れない。小学校6年で終戦を迎え、戦時中は勤労動員とひもじさに耐えたが、そのみじめさ、苦しさ、悲しさに匹敵する1年だった。来年は地震が来ない年であってほしい。生きているうちは、もう津波に遭いたくない。年越しを節目として、皆仲良く、楽しい年にしたい。時間はかかると思うが、地域が団結すれば復興できると思う。



 石巻市の小学校教諭、横江良伸さん(50) 心に刻まなければならない、忘れられない1年だった。自然相手なので仕方ないと思いつつ、親戚や友人を亡くして、彼らの分も頑張ろう、と決意した。負けていられない。これまでは自分の家族や身の回りのことに精いっぱいだったが、復興に向けてできることもあると思うようになった。自分自身を振り返っても変わった。誰かのせいにしていても進まないし、変われない。



 ◇福島



 南相馬市の無職、田村富子さん(72) 自宅を津波で流され、いっそのこと自分も流された方が良かったと思うこともあった。ただ、長生きして、こんな目に遭うのも勉強の一つなのでしょう。今は夫と息子夫婦と孫の5人で、6畳と4畳半の仮設住宅で暮らしている。仮設は狭いし、いろいろとストレスもたまる。でも、家族は誰も失っていないので、それだけは幸いと思っている。来年は少しでも元気に毎日を過ごせたらいい。



 郡山市の会社員、河村勝男さん(50) 震災と原発事故で生活はめちゃくちゃにされた。地元(富岡町)のため、何か力になりたいと初めて感じた年だった。今は仮設暮らしで、富岡町のことは季節が変わるたびに思い出す。すでに両親が80歳を超え、どこまで面倒をみられるか不安もある。放射線量は依然として高いが、除染を続ければ、いつかは復興できるだろう。ようやく仕事も見つかったので頑張っていきたい。





(この記事は社会(毎日新聞)から引用させて頂きました)

オレは地震なんぞ怖くはない!



男たるもの、地震なぞにひるんでいるようでは名が廃る!!



地震に怯えず、真っ向から打ち勝ってこそ真の男だ!!



地震よ、どこからでもかかってくるがいい!!!







……人間であるがゆえに、地震が直撃するのは避けるべきだろう。



地震には気持ちで打ち勝つのだ、気持ちで!!!







【協賛サイト】

たぬきの日々徒然なるままに





【参考情報】

○茨城で震度3○



 20日午後6時10分ごろ、茨城県北部を震源とする地震があり、同県日立市で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約10キロ、地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定される。 





(この記事は社会(時事通信)から引用させて頂きました)

前のページ      次のページ
ブログ内検索
カレンダー
08 2026/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
Powered by Ninja Blog    template by Temp* factory    icon by MiniaureType

忍者ブログ [PR]