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地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
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地震がすっごく怖いんです、私じゃなくて私の彼氏が。



前に彼氏の家にいたとき、地震が起こって悲鳴上げてたんですよ。



私じゃなくて彼氏が悲鳴を。



地震がコワイのは分かるけど、いくらなんでも甲高い声で叫ぶなんてビビリ過ぎ。







この地震見ただけでも、ちょっとビクっとしちゃうんだろうなー、彼氏。



男としてどうなんだよオイ。







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竜彦と埼玉の日常





【参考情報】

○【名古屋】ピクシー終戦も満足/天皇杯○



<天皇杯:横浜0-0(PK4-3)名古屋>◇準々決勝◇23日◇瑞穂陸

 名古屋がPK戦の末、横浜に敗れた。0-0で4回戦に続く2試合連続のPK戦に突入したが、2人が失敗し敗退。天皇杯4強入りはならず、今季は無冠に終わった。

 それでもリーグでは最終節まで優勝争いし優勝した柏に勝ち点差わずか1の2位と健闘。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)も含む過密日程を乗り越え、まずまずの戦績を残した。

 ドラガン・ストイコビッチ監督(46)は「今年1年間、素晴らしいフットボールをお見せすることができたと思う。チームは成長しているし、今シーズン全体的としては満足している。後悔はない」と話した。

 2012年についてはチームの成績より先に「安定した、落ち着いた1年であってほしい。地震も、津波も絶対に起きてほしくない」と日本の安全を祈った。

(この記事はサッカー(日刊スポーツ)から引用させて頂きました)

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地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。



地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。



兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。







地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……



これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。







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【参考情報】

○講演:今村・東北大院教授、多重の備えが必要 防災関係者ら350人 /高知○



 国の中央防災会議専門調査会委員を務める今村文彦・東北大大学院教授が23日、高知市内で災害に対する「多重防御」などついて講演した。

 県が「震災に強い人・地域・ネットワークづくり講演会」として企画。自主防災組織の関係者など約350人が集まった。

 昭和三陸地震(1933年)などで大きな津波被害にあった岩手県宮古市田老地区は、「万里の長城」と呼ばれた総延長2・4キロ、高さ10メートルの大防潮堤が築かれていたが、東日本大震災の津波で破壊された。「津波を忘れていなかったが、被害を避けられなかった。防潮堤だけでなく、多重の備えがあれば、津波のエネルギーを減殺し、到達を遅らせることができる」と話した。「『稲むらの火』で有名な広村(現和歌山県広川町)では、防潮堤とともに松林を整備し、被害を忘れないように『つなみ祭り』を毎年開いている。東日本大震災でも、長期的な復興計画が必要だ」と述べた。【小坂剛志】



12月24日朝刊





(この記事は高知(毎日新聞)から引用させて頂きました)

地震は自然の強大なチカラであり、地震を操作するなんてことは現代の技術力では不可能である。



しかし、現代は古代と異なり、地震のメカニズムや事前に察知するだけの術は有している。



それがカギとなるのだ。







古代は地震を神のチカラだと畏怖していたが、現代では科学力によって解明されつつある。



地震は神ではない、自然現象だ。







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ごぼうの日記





【参考情報】

○迎春準備:氏子ら、いい年祈り--伊賀・大村神社 /三重○



 地震を鎮めるとされる「要石」を祭る伊賀市阿保の大村神社で23日、氏子や神職が鐘のすす払いやしめ縄の張り替えなど、迎春準備に励んだ。

 氏子総代ら31人が参加。年越しにつかれる鐘は、表面の突起物が虫が食ったような状態であることから「虫喰(むしくい)の鐘」と呼ばれる。鐘を竹ザサで払い、1年の汚れを落とした。金山修宮司(54)は「参拝客にすがすがしい気持ちで新年を迎えてもらいたい」と、要石や鳥居のしめ縄を張り替えたり、参道のごみを拾ったりした。

 東日本大震災があった今年は、自分の願いだけでなく、復興への思いを書き込んだ絵馬が境内に多く掛けられている。参加した同市桐ケ丘7の佐藤邦男さん(75)は「来年は穏やかでいい年になることを祈って掃除しました」と話していた。【矢澤秀範】

〔伊賀版〕



12月24日朝刊





(この記事は三重(毎日新聞)から引用させて頂きました)

地震に真っ向勝負で勝てるわけがない!



人間は太古の昔から地震にはおそれおののき、地震を鎮めるための儀式とかいろいろと頑張っていたらしいから、現代の技術でもそんなのに勝てるわけがない!



地震に対抗するには、気持ちで負けないことだ! 気持ちさえあればどうにかなる!







めっちゃコワイ!!! めっちゃコワイけどコワイからこそ頑張って勝てよオレオイ!!!









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【参考情報】

○【人・生き方】転機。話そう、話しましょう(48)作家・清涼院流水さん○



 ■阪神大震災が突き付けた命のはかなさ マイナスがプラス輝かす



 出版不況といいますが、ライトノベル(イラスト付き娯楽小説)の市場は、若者たちの支持を受けて活気があります。奇抜な発想とキャラクター性を際立たせたミステリー小説で、ライトノベル全盛時代への道を切りひらいた作家、清涼院流水(せいりょういんりゅうすい)さん(37)。作家デビューへと気持ちを奮い立たせたのは、故郷を襲った平成7年の阪神大震災でした。(海老沢類)



                   ◇



 歩き慣れた道なのに「やけに空が広いなあ」と思った。実家に近い国道の高架は崩落し、視界を遮(さえぎ)るものがない。屋根をブルーシートで覆った家が点在していて、コンクリートの残骸(ざんがい)が更地に集められていた。



 ◆「まるで平原」



 平成7年1月17日早朝、甚大な被害を及ぼした阪神大震災発生からはや1カ月が過ぎていた。あの日、阪急電車の西宮北口駅(兵庫県西宮市)から実家へ向かう雑踏で目にした光景は、16年後の今もしっかり記憶に刻まれている、という。



 「地平線まで見渡せる…まるで平原。信じていた世界がなくなるような底なしの不安を感じた」



 当時は20歳の大学生で、京都の学生用マンションで1人暮らし。幸い地震直後に家族と連絡がつき、無事は確認できていた。ところが、鉄道の復旧を待ってたどり着くと、「もう以前の故郷ではなかった」。



 変わり果てた街で過ごしていると、知人の訃報が耳に入ってくる。心を揺さぶったのは、「運命」という言葉を想起せざるを得ない数々のエピソードだった。



 実家は全壊した。ただ、両親はその日にかぎって普段とは違う部屋で寝ていたため、なんとか逃げ出せたと聞かされた。



 自分にも思い当たる節があった。京都の自室で突き上げるような振動に襲われた時は、机で小説を書いていた。「眠っていたら、無傷ではすまなかった」。高さ約1メートルの重い本棚が、なんの固定もされずに布団の真横に置かれ、支えるのに必死だったからだ。



 「無事だった人はみんな偶然助かっている。思い知らされましたね。僕たちは生と死の境界線を歩いているんだな、と」



 ◆「人間賛歌」



 幼少時から、誰も考えつかないことをやるのが喜びだった。学校でも授業はそっちのけ。得意の文章力を生かせる上に、一人で世界を構築できる小説の自由にひかれ、高校時代から作家を志した。進学した京大では綾辻行人(あやつじゆきと)さんら名だたるミステリー作家を輩出した推理小説研究会へ。機関誌への作品発表数を仲間と競う日々だったが、「結構ふらふらしてました。緊張感や切迫感はなくて…」。



 阪神大震災は、そんな姿勢をがらりと変えさせた。〈何生き急いでるの?〉〈人生は長いのに〉…。友人の冷ややかな視線をよそに、寝る間を惜しんで小説を執筆。8年1月に完成した原稿用紙1400枚に上るミステリー小説『コズミック』が、講談社の第2回メフィスト賞を受賞した。



 「世の中何が起きるか分からないのだから、一日でも早く自らの力で活路を開かないといけない。一日一日を大切に、そして必死に泥臭く…懸命さだけは誰にも負けなかったと思う」



 実は、このデビュー作は当初、12の密室で12人が殺される設定だった。それを阪神大震災後、1200の密室で1200人が殺される話に変えている。もとの設定では「震災で感じた絶望を到底表現できない」と思ったからだ。「人の命を軽く扱っている」と批判する向きもあった。だが、無常観が色濃く漂う物語は、時代を背負う形になり、版を重ねていく。



 「絶望が深ければ深いほど、それに立ち向かう人間のいとおしさや希望の尊さが見える。プラスのすばらしさを書くために、僕はあえて大きなマイナスを書く。だから、どの作品も人間賛歌なんです」



 ◆出版頓挫も…



 デビューから15年で著作は約70冊に上る。異例の12カ月連続刊行を成し遂げた『パーフェクト・ワールド』シリーズや、見開きごとに事件が起きる仕掛けのミステリーなど、常識にとらわれない試みで読者を魅了し続ける。



 最近、著者印税を全額寄付する東日本大震災チャリティー写文集の刊行が、出版社の都合で直前になって頓挫する「悔しい出来事」があったという。そんな時も、あの信念が心の支えになる。



 「マイナスがあるからプラスが尊い」。出された結果は甘んじて受け止めた。するとしばらくして、自らがストーリーを担当する英語漫画の刊行話が別の出版社から舞い込んだ。「しかも3部作として。今後、より大きな規模でチャリティーができるかも」。早速めぐってきた“プラス”に、自然と顔がほころんだ。



                   ◇



 ≪Plus≫



 --ペンネームの由来は?



 「高校生の時、澄んだ小川を見ながら『流れるまま生きられたらすてきだろうな』と思って『流水』に。それだけだと寂しいな、と思った時に、偶然手にしていたドリンクに『清涼飲料水』の文字…。すぐに『これだ!』と」



 --英語が趣味で、TOEIC900点を突破したと?



 「高校時代は英語は大の苦手。大学も論文受験でしたから。それが30歳を過ぎたころ、書店で英語参考書を見て『懐かしいな』と勉強を始めたら、強制されないから面白い(笑)」



 --自作を英訳できそうですね?



 「マイケル・ジャクソンの人生を描いた『キング・イン・ザ・ミラー』は自分で英語版を完成させたところです。公式サイトで英語漫画を連載してますが、英語圏はマーケットがけた違いに大きいので、反応があったときの快感は日本語で発信する比ではないです」



                   ◇



【プロフィル】清涼院流水



 せいりょういん・りゅうすい 昭和49年、兵庫県生まれ。京大経済学部在学中の平成8年にデビュー。ミステリー小説に加え、ビジネス書、自己啓発書なども執筆。趣味で始めたという英語学習についての雑誌連載も手がけ、21年にはカナダ人漫画家と合同公式サイト「bbbcircle」を開設した。主な著書に『成功学キャラ教授』(講談社)、『コズミック・ゼロ』(文芸春秋)、『キング・イン・ザ・ミラー』、『清涼院流水の小説作法』(ともにPHPエディターズ・グループ)。

(この記事は社会(産経新聞)から引用させて頂きました)

オレは地震なんぞ怖くはない!



男たるもの、地震なぞにひるんでいるようでは名が廃る!!



地震に怯えず、真っ向から打ち勝ってこそ真の男だ!!



地震よ、どこからでもかかってくるがいい!!!







……人間であるがゆえに、地震が直撃するのは避けるべきだろう。



地震には気持ちで打ち勝つのだ、気持ちで!!!







【協賛サイト】

青空の日記





【参考情報】

○支局長からの手紙:癒やしの絵はがき /高知○



 「風乱狂(ふうらんきょう)」と名乗る男性が、絵はがきを携えて高知支局を訪ねて来られました。岬に打ちつける波、太平洋に沈む夕日、満開のダイコンの花など、どれも室戸の美しい風景です。写真には短文が添えてあります。「潮風にさらされ、立ち枯れと思われた木が芽吹いた。両手を天に広げたような力強い息吹きや! あふれた涙の分だけ強くなろうよ! 復活や!復興や!新生や!歩々(ぶぶ)たりといえども歩いていこうよ」

 風乱狂は元毎日新聞記者、多田學さん(84)=室戸市室津=のペンネーム。多田さんは、3月11日の東日本大震災の後、古里・室戸の写真を撮り、被災地にあてたメッセージを書き始めました。

 「震災のニュースを見て、1934(昭和9)年9月の室戸台風を思い出しました。当時は小学1年生。台風の後にたくさんの支援が全国から寄せられ、大阪から届いた文房具をもらってうれしかった記憶があります。東北の被災地のために自分に出来ることは何かないか考えました」

 室戸の自然は美しく、豊かな恵をもたらしてくれます。その一方で自然は時に牙をむき、人々の暮らしに大きな傷を残します。「台風や地震に繰り返し襲われながらも自然と寄り添ってきた室戸からメッセージを送れば、東北の被災者の心に響くのではないだろうか」と思い至り、絵はがき作りを始めました。

 カメラを提げて絵になる場所を探します。海や山を眺め、気に入った場所は天候を見ながら時間や季節を変えて何度か訪れました。体調を崩して一時入院したこともありましたが、これまでに25種類ほど作製。室戸岬沖にわき立つ雲の写真に「気仙沼では最終シーズンかつおの水揚げ日本一を堅持。復活への突破口や」と港町へエールをつづり、軒端に巣をつくったジョロウグモには「多くの人々の犠牲とともに小さな生きものたちが春を待たずに津波に呑(の)みこまれた。クモちゃんよ、短い季節を謳歌してください」と語りかけています。

 絵はがきは2枚1組200円。友人の山下裕さん(49)が経営する喫茶・カリー「シットロト」(室戸市元甲、0887・22・1176、火曜定休)で販売してもらいました。売り上げと知人らから寄せられた善意は計23万8620円にもなり、震災遺児への奨学金として毎日新聞大阪社会事業団に寄託いただきました。

 「世界ジオパークになった室戸を知ってもらうことにもなりますし、小さなことですが続けたいと思っています」。今日もカメラを手に、心を癒やしてくれる風景を探しておられることでしょう。【高知支局長・藤田宰司】



12月23日朝刊





(この記事は高知(毎日新聞)から引用させて頂きました)

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