地震が都市を襲ったら・・・
考えただけでもぞっとしますね。
地震から逃げ惑う中に自分や家族がいたら・・・
いてもたってもいられなくなります。
都市は別に地震を想定して作られるわけではないみたいです。
でなければもっと頑強に安全が謡われますものね。
地震に耐えられないかもしれないけど、とりあえず成長しましょう。
というのが、ざっくばらんですが近年の都市開発。
できれば地震や他の災害に耐えうる開発計画を発動してほしいものです。
【協賛サイト】
東京ディズニーリゾート、人気スポットに迫る!【参考情報】
○防災:元日に万一の備えを 迫る災害、大分に(その1) /大分○
家族、恋人、友人……。多くの人の幸せを一瞬で奪い去った東日本大震災から間もなく10カ月を迎える。1年前の元日に誰が予想しただろうか。失った幸せな日々にはもう戻れない。しかし古来、「備えあれば憂いなし」と言う。人間が太刀打ちできない大災害でも準備があれば被害は軽減できる。
住んでる地域にどれぐらいの規模の津波が来る可能性があるのか、緊急時に必要な物は何か--。知っていそうで知らないことは多い。万一の避難に備えて、事前に家族と決めておいたほうがよいこと、近隣住民に頼んでおいたほうがいいことはたくさんある。
遠方からの帰省、普段は仕事や学校でなかなか顔を合わせることも少ない家族も正月は別。新年を迎え、日ごろ感じることの少ない絆を感じることもあるだろう。新年の幸せな日だからこそ、今後のみなさんの幸せのための防災に役立てれば。【佐野優、土本匡孝、深津誠】
◆避難シミュレーション
東日本大震災の発生時、県内でも大分や佐伯市などに津波警報が出され、沿岸住民計約20万2000人に避難勧告が出された。しかし、避難者は約3700人、率は1.8%にとどまり、住民の避難意識の甘さが浮き彫りになった。11年4月現在、県内の自主防災組織は組織率91%と九州トップ。しかし、防災訓練の実施は15%と形骸化している。
一方、東日本大震災では、自力避難困難な高齢者や障害者ら“災害弱者”が犠牲になりやすい実態が改めて浮かび上がった。警察庁の調べでは、岩手、宮城、福島3県で8月末までに身元が確認された死者1万4553人のうち65歳以上の高齢者が55.7%を占めた。
いつ起こるか分からない地震や津波。避難に備えておきたいことや心構えを2家族でシミュレーションしてみた。(登場人物は架空です)
◇想定が生む安心--妻と小中学生の子2人の4人暮らしの佐藤智宏さん(45)
地震発生は日曜午後2時。95年の阪神大震災では死者の9割以上が家具や倒壊物の下敷きになって死亡した。大分市の沿岸に住む佐藤さん一家は防災意識が高く、タンスや食器棚は倒れぬよう壁に金具で固定。自宅でくつろいでいた佐藤さんと長男誠君(8)にけがはなかった。
妻明美さん(40)は買い物で外出中。長女千佳さん(14)は部活動から帰宅中だった。佐藤さんは明美さん、千佳さんに携帯電話をかけたが通じない。余震が続き、マンションから出た方が安全と判断。水や食料などを入れた非常持出袋をかつぎ、誠君と共に避難した。
避難の際、車を使うと渋滞が起きるため、徒歩が原則。佐藤家では近くの公民館か高台の小学校に避難することにしていた。公民館に歩いて向おうとしたが、民家のブロック壁が壊れ、道路をふさいでいた。小学校に向かうと、今度は道路が液状化して通れない。万一のため事前に複数ルートを把握しており、何とかたどり着いた。
家族がばらばらになったときは福岡の親戚宅に連絡して避難先を伝えると決めていた。公民館に避難していた千佳さんは公衆電話から親戚宅に居場所を伝え、無事が分かった。
小学校には多くが避難し、情報も少なく混乱していた。佐藤さんは非常袋のラジオで情報収集。落ち着きを取り戻した。県は災害物資の備蓄場所を増やしたが、3日間の避難生活で物資は届かなかった。非常袋の水や乾パンで空腹をしのいだ。
東南海・南海地震は今後30年以内に60~70%の確率で予想されている。万一に備えていれば、不安は和らぐ。防災意識の高さが被害も軽減できる。
◇「助けて」が大切--マンションで一人暮らしの首藤マサヱさん(80)
平日午後7時、大分市を震度6強が襲った。停電し、一人で身動きできず不安が募る。
足が不自由で、1人で歩くのもままならない。毎日胃の薬も服用する。50代の息子夫婦は福岡で暮らし、急には来られない。
隣人の顔すら知らぬ住人もいるマンションだが、社交的なマサヱさんは隣の小学3年、荒金彩音ちゃん(9)と仲良し。家を行き来して遊ぶ間柄だった。
東日本大震災発生後、市役所に相談し、市町村が進める災害時要援護者登録をした。民生委員が自宅を定期的に訪れ、「何かあったらマサヱさんを助けて」と隣近所にもお願いしてくれた。
だからこそ、彩音ちゃん一家はマサヱさんを迎えに行った。高台への避難路には手すりがあり、歩きやすいように道も平ら。周りは真っ暗で、用意していた懐中電灯を手に、肩を支えて避難した。マサヱさんの地区では、訓練を重ねるなど自主防災組織の活動が活発だ。地区の高齢者を把握しており、余裕のある人が避難を助けた。
災害時、不安や動揺により薬の名や家族の連絡先を忘れてしまうことも。だから、病名や薬の名称、家族の連絡先が記載された緊急バトンが役立つ。全国共通で冷蔵庫に保管する。県補助で市町村が高齢者に導入を進め、マサヱさんも始めた。
バトンが役立ち、1週間の避難所生活で医師から薬をもらった。彩音ちゃん一家と一緒に避難し、寂しさやストレスを紛らわすこともできた。
県地域福祉推進室は「個人情報保護法で難しい時代だが、『助けてください』と手を挙げることが大事。黙っていたら誰も分からない」としている。
1月1日朝刊
(この記事は大分(毎日新聞)から引用させて頂きました)