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地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
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地震がすっごく怖いんです、私じゃなくて私の彼氏が。



前に彼氏の家にいたとき、地震が起こって悲鳴上げてたんですよ。



私じゃなくて彼氏が悲鳴を。



地震がコワイのは分かるけど、いくらなんでも甲高い声で叫ぶなんてビビリ過ぎ。







この地震見ただけでも、ちょっとビクっとしちゃうんだろうなー、彼氏。



男としてどうなんだよオイ。







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ともの日常生活の出来事





【参考情報】

○これからの日本人のための「おまじない」 ー アゴラ研究所の発足に寄せて - 矢澤 豊○



Nullius in verba



ヌリアス・イン・ヴァーバ



Take nobody’s word for it.



思い切って意訳すれば、「他人様の言葉を鵜呑みにするな」とでもいえようか。

イギリス、ロンドンのバッキンガム宮殿を正面に向かって伸びる、街路樹に縁どられた道はThe Mall(ザ・モール)と呼ばれる。イギリスで国家的慶事がある際、必ず舞台背景となる場所だ。最近では、ウィリアム王子の結婚式の馬車行列が通り過ぎていった。



道の南はセント・ジェームズ公園。北側には白亜の建物がならぶ。このカールトン・テラス・ハウスと呼ばれる建物の一角を占めるのがRoyal Society(ロイヤル・ソサエティー)だ。



ロイヤル・ソサエティーは、当時の英国における第一線の哲学者や科学者(当時は、ほとんど同義語)により、1660年 に創立された、世界初の国家的シンクタンクだ。



ソサエティーの創立以前、科学者たちは非公式の会合を通じて、当時の最先端知識の交換を行っていた。こうした集まりはInvisible College(目に見えない学院)などと呼ばれた。ようするに17世紀の「オフ会」だが、こうした「オフ会」の参加者たちは、後日、自分たちの社交活動が、フリーメイソンやら薔薇十字騎士団など、たとえば「ダ・ヴィンチ・コード」に代表される数多くの秘密結社関連の陰謀説/ヨタ話のネタとなるとは思ってもみなかったことだろう。



このロイヤル・ソサエティーの創立に当たって、そのモットー(座右の銘)として選ばれたのが、Nullius in verbaという言葉だ。



当時はまだ教会による宗教弾圧と迷信が幅をきかせる、中世的色彩が色濃く残っていた時代だ。天動説を唱えて、カソリック教会の弾圧を受けたガリレオのエピソードは、当時の科学者にとっては、つい最近のできごとであったし、いまだに一年間に百人単位で(主に)女性が魔女狩りのエジキとなって、火あぶりの刑に処されるという現実に日々直面していた。



加えて当時のイギリス人にとってこの時期は、議会派と王党派とが国を二部した内戦(1642~1651)、クロムウェルによる共和政の樹立とその崩壊(1652~1660)、そしてチャールズ2世による王制復古という政治的激動期を経た直後にあたる。



このような時代に、無知・妄信にとらわれた権威・権力から自由かつ安全な立場において、実証的科学研究を進める場の必要性を、科学者たちは身に沁みて感じていた。



「ロイヤル・ソサエティー」の旗の下に、その場を得た彼らは、そのモットーで俗世のアホな権力者との訣別を宣言したのだ。



「科学者である我々は、あなたたちの言葉を盲信しない」と。



このロイヤル・ソサエティーの存在と、その実証科学の精神が、その後のイギリス、ひいては大英帝国の大躍進の源となる。



たとえば「ボイルの法則」の発見者、ロバート・ボイルはソサエティーの創立メンバーであった。しかし初期のソサエティーで、他を圧倒する存在であったのは、アイザック・ニュートンだろう。(ニュートンは1703~1727の間、ソサエティー会長を務めた。)



このロイヤル・ソサエティーが中心となってイギリスに科学革命が起り、これがのちの産業革命へとつながる烽火となったのだ。



2011年。地震、津波という自然災害と、原子力発電所からの放射の漏洩という国家の危機に際して、日本の「頭脳」は世界が注視する目前でその信用を失った。



いまさらではあるが、日本のアカデミアは、実証科学という信条をよりどころとし、俗世の権威・権力から超越した実力主義の世界ではなく、「官」という政府権力との不純な結託と、そこから生じる汚染のなかで年功序列的宿痾が幅を利かせる、権威主義の巣窟であった。



あまりにいい加減な「科学者」たちの節操に、いまさら驚いたような顔をした日本のマスメディアが献呈したのが「御用学者」というレッテル。定まるところのない振り子のような日本のメディアの一部は、これまた科学的実証とは無縁な、自己完結の正義をふりまわす、現代の魔女狩り裁判所、宗教的扇動者となり果てた。



こうしてみると、今の日本社会の現状は、ロイヤル・ソサエティー創立当時の17世紀のイギリスとあまり変わらないお粗末だ。



この切所にあって、日本人は「他人様の言葉を盲信しない」という、17世紀の科学者たちの知的勇気を自分のものにしなければならない。



喚く前に、次の権威を求める前に、パニックする前に...自分の頭で考えてみろ、ということだ。



日本人における「知的勇気」の必要性は、次の二つの理由において特にあきらかだと思う。



第一には、今を生きる日本人にとって「既得権力・権威・権益との戦い」ということが不可避の命題であるということだ。



「就活」だの「仕事術」だの「○○力」だのと、いくら上手く立ちまわろうとしても、世界経済のグローバライゼーションによる日本の産業構造の変化と、高齢化社会という自然現象の前に、日本社会の変動とそれによる世代間/階級間の衝突は避けがたいだろう。



たしかに、池田さんが何度も指摘するように、現代日本社会における権力構造の中心は空虚かもしれない。しかし、ニュートンの「重力の法則」を応用することにより、目に見えない惑星の存在を知り得るように、たとえ権力の中心は空虚であろうとも、権力そのものの存在はその作用するところにより、その概要を知ることができる。権力は富を求め、そしてコントロールを指向する。東電からTPP論争、そして電波オークションに至る既得権益への妄執と、あたりまえのように稚拙な情報操作を試みまたそれに応じるマスメディアの堕落は、この権力の醜態とその知性の衰微の描線をあぶり出している。



こうした沈没してゆく日本の戦後エスタブリッシュメントの渦に呑まれないためにも、個々の日本人が自らの知性によって立つ必要性は自明だろう。



第二には、日本と日本経済が直面する世界的大競争時代がすでに始まっているということにある。



いま我が国は、人口と国土、そして国の勢いにおいてはるかに我々に優る隣人の擡頭という局面を迎えている。もちろんお互いにアジア、ひいては地球世界の一員であるという立場において、中國そして中華民族との共存共栄の未来を目指すことが、日本そして日本人の当然の方針であるべきだ。しかし推古朝以来の伝統である、我が国の独立と対等の関係、そしてひいては東アジアにおける平和を維持するためには、日本人は常に彼らの上のレベルを目指さねばならない宿命にある。



言論の自由。開かれた社会。世界トップレベルの科学技術とイノベーション。



それはアジアにおいて他が憧れ、また目指すところの地位を今後も継続して維持していかなければならないということだ。



その為には個々の日本人の知性の健全と、旺盛な知的好奇心が最低限の条件となる。



トップレベルの知性を、国内限定プチ官僚システムへと堕落した、既存アカデミアに閉じ込めておいては、これからはもうやってゆけないのだ。



ロイヤル・ソサエティーとて、最初からより崇高な目的意識を戴いて創立されたわけではない。



亡命先のフランスからイギリスに帰ったばかりのチャールズ2世が、帰国後数週間の内に、ソサエティーの創立を認可し、かつては不倶戴天の敵であった議会派の知識人を招聘し、復讐の矛を収め、「野に遺賢なからしむ」方針をとった背景には、内戦と政治不安により疲弊した国庫、そしてスッカラカンのまま目前にせまった対オランダ通商戦争を戦う為に貧弱な海軍を立て直さなくてはならない、という背に腹は代えられない事情があった。



今回、アゴラ研究所は、破綻した日本のエネルギー政策、科学よりも小市民的正義を重視し中世的衆愚政治社会への回帰を目指すマスメディア、そして自己保存のみを優先させ臆病と無策に落ち入った政治家たちにより生じた空白を埋めるべく発足されたと私は理解している。



願わくば、アゴラ研究所がその当初の目的を果たすのみならず、我が国における知的社会活動の再生と活性化への一助となることを期して、年頭の言祝ぎに代えさせていただく。



(矢澤 豊)

(この記事は社会(アゴラ)から引用させて頂きました)

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地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。



地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。



兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。







地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……



これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。







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ごぼうの日記





【参考情報】

○被災地とともに:/1(その1) 町会ぐるみで支える /東京○



 東北地方に深い爪痕を残した東日本大震災。地震や津波、東京電力福島第1原発事故で故郷を離れた人たちは今も、慣れない土地で避難生活を続ける。都内でも震災直後から、こうした被災者を地域や個人で受け入れ、支援する動きが各地で広がった。また、被災地にボランティアなどで足を運び、人生観を変えた人たちもいた。そんな彼らのまなざしを通して、都会と被災地との間に生まれた新たな「絆」を見つめてみたい。【町田結子】

 ◇避難者に安心--八王子・長沼

 昨年10月。八王子市長沼町の集会所に、クリーニング済みの冬物衣類が所狭しと広げられていた。こたつやストーブ、5キロに分けられた米も。町内で避難生活を送る人たちに使ってもらおうと、すべて町会が集めた物資だった。

 「不安なことがあったら何時でも構わないから電話くださいね」

 ストーブを手にした福島県いわき市の高久美智代さん(43)に、町会長の菱山寛治さん(61)が声をかけた。故郷で働く夫(36)と離れ、8月から小学1年の長男と避難生活を始めた高久さんは、その言葉がとても心強かった。

     ◇    ◇

 長沼町にあるコニカミノルタの社宅マンションには昨年5~12月、宮城や福島の被災地から来た19世帯56人が入居した。避難所としての社宅は退去期限を今年3月末に控え、入居者にとっては慌ただしい生活が続く。そんな人たちを「少しでも支えたい」と願い、活動を続けるのが長沼町会(約990戸)だ。

 入居が始まった昨年5月上旬。市役所の担当者から連絡を受けた菱山さんは他の町会役員と相談し、まずは自分たちの電話番号などを記した用紙を、避難してきた全戸を回って手渡した。同時に、避難生活でのニーズを的確に把握するため独自のアンケートを実施。「市内に親戚はいますか」「医療・介護は必要ですか」「相談したいことはありますか」--。取りまとめた結果をもとに、さっそく夏物衣類や日用品の提供を回覧板で全町会員に呼びかけた。町内の老人会や子ども会には「新しい町会員」を誘ってほしいと声をかけた。

     ◇    ◇

 町会長の菱山さんは父の体調悪化をきっかけに10年ほど前、神奈川県平塚市から長沼町の実家に戻り、アパート経営の傍ら8アールほどの田や畑で米と野菜づくりをしている。04年から町会長を務める。若いころ、10年近く稲城市消防本部に勤務した経験があり、町会で自主防災組織も結成させた。「大災害が起きれば私たちもいつ他人のお世話になるか分からない」と避難者のことが人ごとに感じられず、支援を始めた。

 昨年8月、福島県富岡町から避難している中島豊さん(78)が自転車で浅川河川敷を散歩中に道を間違え、30キロ以上離れた川崎市内の交番まで迎えに行った時のこと。ワンボックスカーの助手席に乗せた中島さんの長男久夫さん(53)が話し始めた。

 中島さん親子は全域が原発事故の警戒区域になっている富岡町で米や野菜を作っていた。畜産農家からもらった堆肥(たいひ)を使うなど、こだわりの低農薬の作物は柔らかく食味もいいと評判で、遠方から買い付けに来る人もいる人気だった。20年かけて作り上げた田畑は今、高く伸びた草木が覆う。

 「土が元通りになるまで20年はかかるでしょう」

 自らも米、野菜を作っている菱山さんには切ない農家の気持ちはよく分かり、忘れられない言葉になった。そしてこう心に刻んだ。

 「自分たちにできることは限られている。だからこそ、できる限りの支援のために地域で力を合わせよう」

 ◇お年寄り笑顔になれる場--みのり会

 被災地の仮設住宅などでは高齢者の「孤立化」が課題となっている。多くの被災者が生活する八王子市長沼町では、地元の老人会が高齢の被災者に門を開き、慣れない土地で生活を始めたお年寄りが「笑顔になれる場」を作り出している。

 昨年12月24日。同町の集会所で忘年会を楽しむ地元のお年寄りの中に、福島県楢葉町から避難している渡辺洋子さん(69)の姿があった。「今度、遊びにおいでね」。同世代の輪の中で、自然と笑顔がこぼれた。

 忘年会を開いていたのは、同町の老人会「長沼みのり会」(約50人)だ。設立45年。会員は毎月の誕生会のほか、定期的に開くカラオケや手芸、輪投げなど趣味の部会活動を通じ交流を深めてきた。

 近くの社宅に被災者の入居が始まった昨年5月、斎藤哲雄会長(77)らは高齢者がいる世帯を訪ねて回った。「気軽に顔を出してくださいね」と活動や行事予定が書かれた会報を手渡した。得意な「輪投げ」の文字を見つけた渡辺さんは、集会所に足を運ぶように。社宅で避難生活を送る35人のうち、65歳以上の高齢者は8人(12月26日現在)。これまで3人が入会した。

 同県いわき市の飯島正克さん(70)は、大好きなカラオケで会を盛り上げる。自前のカラオケセットは自宅に置いてきたままで、参加は「いい気晴らし」という。11月にあった地域の祭りでは、みのり会代表の一人として300人以上の前でマイクを握り、大きな拍手を浴びた。「一緒に楽しんでもらえればそれでいいんです」と話す斎藤会長。仰々しい自己紹介も特別なもてなしも、必要なかった。

〔都内版〕



1月1日朝刊





(この記事は東京(毎日新聞)から引用させて頂きました)

地震は自然の強大なチカラであり、地震を操作するなんてことは現代の技術力では不可能である。



しかし、現代は古代と異なり、地震のメカニズムや事前に察知するだけの術は有している。



それがカギとなるのだ。







古代は地震を神のチカラだと畏怖していたが、現代では科学力によって解明されつつある。



地震は神ではない、自然現象だ。







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hanaの日記





【参考情報】

○急がれる「震災地質汚染」への対応○



 ■復興元年 新技術で環境先進国にふさわしい国づくりを



 1995年阪神大震災直後の鈴木喜計(現君津システム代表取締役)らによる現地調査で明らかになった「震災地質汚染」。がれきの中からドライクリーニングマシンの残骸が混じっていたことは、有害物質テトラクロロエチレンががれき撤去作業の過程で地下へ浸透して地質汚染を引き起こしている証として象徴的であった。その後は2004年新潟県中越地震、08年岩手・宮城内陸地震、さらには記憶に新しい11年の東日本大震災では、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500キロメートル、東西約200キロメートルの広範囲な震源域となり、これによる大津波によって多くの人々と社会基盤に壊滅的な被害をもたらした。自然災害では人命を第一、生活・社会基盤を第二に守るのは至極当然のことであるが、長期間にわたりいずれ社会問題となるのが「震災地質汚染」と言えよう。



 ◆時間とともに汚染物質が溶け出す恐れ



 震災地質汚染の象徴であるがれき集積では、がれきの山が風雨にさらされていることが大きな問題であり、時間経過とともに汚染物質が溶け出して他の一般ゴミはおろか、直下の地下へも浸透して新たな汚染を起こしていることだ。また、操業中工場直下の地質変動に伴う有害物質の移動拡散による新たな地下水汚染も危惧されるところである。



 そして、津波による汚染問題も広範囲に及ぶ驚愕の事態と断言できる。特に三陸地方などのリアス式海岸を有する溺れ谷地形ではその被害は甚大であり、津波は海底の堆積物を陸に押し上げた後、引く過程で陸に置き去りにしてきた。そもそも鉱床地帯である三陸地方においては、重金属など自然界に存在する有害物質は多数存在しており、陸に打ち上げられたものは土砂とともに表土に残留し、いずれ雨水などをキャリアに地下浸透して土壌層から地下水へと拡散することが懸念される。



 また、打ち上げられた海水や養殖漁場における自浄作用の範囲内に収まらない過剰投餌量の残骸類によって、耕作土壌を含む地質環境の破壊が始まっている。沿岸部にストックされていた産業用資材についても陸地に散在し、年月の経過とともに下流側の公共用水域や生活用水を浸害することになる。この逆の現象も事実である。津波により海へ引きずり込まれた有害物質は沿岸を中心とした海底へ堆積され、その中にPCBを持つトランスやコンデンサーも破損した状態で含まれていれば鳥肌が立つ思いである。



 ◆実態調査を通じ新たな技術に道筋を



 一方、原発事故を起因とした放射能による広域地質汚染は、まさにジャブを食らうがごとくじわりじわりと効いてくる。とりわけ原発周辺および直下からの放射能汚染水が海へ流出している事件に関しては喫緊の課題である。原発事故直後から被染する地下水の海域への流出を防止するための原発陸側遮水壁設置を提案しているにもかかわらず、海側設置ですでに着手した。ところが、最近になって1日数百トンもの地下水が原子炉建屋内に流入して、その分の汚染水が増えている事実が明らかになり、そうでなくとも海域への流出を阻止できない海側設置の疑問を持つ中で、つたなさを露呈する格好となった。



 海産物への依存度が高いわが国にとって、放射線量にかかわる環境基準を持たない海であれば流してよいとの道理は立たない。もっとも、進行中の炉心溶融を冷やす目的で地下水利用されていると邪推したくなるのは筆者だけではないと思う。



 指摘した事態はいずれ震災地質汚染に由来する社会的悲劇を孕んでおり、震災地質汚染はさまざまな課題をわれわれに与えたことを事実として受け止めなければならない。このことを無視して復興を進めることは、いずれ人間生活の健全な営みへの脅威となってしっぺ返しを被ることになる。



 そのため、調査により実態を把握することこそ復興に向けた第一歩と認識しなければならない。視認できる復興の姿は地元の方々は言うまでもなく、「がんばろう!日本」をスローガンに国民総力を掲げている国民にとっては、一筋の光明であることに違いはない。しかし、世論が視認できる見栄えでしか復興の姿を評価できないのでは、先進国の一員としては情けないことである。



 四方が海に囲まれた自然豊かな日本の国民であるならば、その基礎である大地の地下地質環境に目を向け思考する心と本質を見る眼をなくしてほしくない。震災は今日までの産業革命を起点とした消費経済発展志向に一石を投じたものであり、むしろこの試練を契機に、震災地質汚染調査を通じて蓄積される新しい技術や理念を育み、環境先進国にふさわしい国づくりを標榜してほしい。



                   ◇



【用語解説】君津システム



 1980年代から千葉県君津市が開発・実証・技術普及に努めてきた地質汚染調査浄化に関する総合技術体系の総称であり、地質汚染などの環境問題解決を通じて地球環境保全を実現してきました。君津システム株式会社は、この「君津システム」の開発者である鈴木喜計自らが提供するものであり、これまでに150サイトを超えるさまざまな地質汚染問題を解決しております。

(この記事は経済総合(フジサンケイ ビジネスアイ)から引用させて頂きました)

地震に真っ向勝負で勝てるわけがない!



人間は太古の昔から地震にはおそれおののき、地震を鎮めるための儀式とかいろいろと頑張っていたらしいから、現代の技術でもそんなのに勝てるわけがない!



地震に対抗するには、気持ちで負けないことだ! 気持ちさえあればどうにかなる!







めっちゃコワイ!!! めっちゃコワイけどコワイからこそ頑張って勝てよオレオイ!!!









【協賛サイト】

もろへいやの日常





【参考情報】

○長野・栄村で震度4○





オレは地震なんぞ怖くはない!



男たるもの、地震なぞにひるんでいるようでは名が廃る!!



地震に怯えず、真っ向から打ち勝ってこそ真の男だ!!



地震よ、どこからでもかかってくるがいい!!!







……人間であるがゆえに、地震が直撃するのは避けるべきだろう。



地震には気持ちで打ち勝つのだ、気持ちで!!!







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シュンヤは今が旬!日記





【参考情報】

○【2012年】主要IT企業の年頭所感○





 2011年、3月11日におこった東日本大震災は地震や津波の被害に加えて原子力発電所の事故にともなう電力不足、それにともなう工場の操業停止や市民生活への影響など、危機管理の重要性を改めて問われた1年となった。



他の写真を見る



 東北地方を初めとする産業の復興へ向けて歩み出したが、2012年はその歩みをより力強いものへとすることができるだろうか。ここでは、2012年の元旦に寄せられた主要IT企業による年頭所感を要約で紹介する(順不同、敬称略)。





■SAPジャパン「真のリアルタイム経営を実現する革新的なソリューション展開」

 2012年は、SAPにとって創業40周年という大きな節目の年であり、また日本法

人設立から20周年という重要な年でもある。



 昨年の勢いを加速させるためには、まず、多様化するお客様のニーズをより的確に理解することが重要です。お客様が何を考え、何を悩み、何を求めているのかをよく理解し、そのニーズに対して迅速かつ柔軟に対応することが必要。グローバルレベルで、情報のオープン化、標準化、統一化の徹底を図っていく。



 また、真のリアルタイム経営を実現できる革新的なソリューションSAP HANAや、モバイル製品は、お客様はSAP HANAをデータ基盤とすることで、ビジネス情報の取得スピードを飛躍的に高め、従来実現できなかった速度でのリアルタイム処理が可能となる。今年はより広範囲のお客様にこのイノベーションをお届けできるよう注力していく。また、リアルタイム経営を支えるもう一つの柱として、モバイル製品にも注力していく。





■ソフトバンクグループ 孫 正義代表「成長著しいアジアを中心としたパートナー企業と志を共有」

 震災において被害を受けたソフトバンクの通信網復旧活動に取り組むに当たり、情報通信事業がいかに人々のライフラインになっているかを改めて痛感した。また被災地復興を支援する財団の設立や自然エネルギー財団の設立などを通じて被災地の復興、そして日本の明るい未来の構築に貢献していく。



 いつでもどこでも誰とでも高付加価値の情報をやり取りできる、本格的なモバイルインターネットの時代が現実のものとなりつつあり、この流れは今後新興国も含め世界の潮流となる。今後も成長著しいアジアを中心としたパートナー企業と志を共有し、共同で事業を展開していくことで世界の情報革命を牽引していきたい。





■ヤフー 井上 雅博代表取締役社長「「攻め」の基調を継続しスマートフォン分野で大きな成長をめざす」

 3月の震災を契機に、インターネットのメディアとしての信頼度や価値が飛躍的に高まったという調査報告が出ている。当社としても、震災とその後の状況に対してインターネットメディアとしてどういうことができるのか、全社で考えて実行してきた。



 2012年は、昨年来の「攻め」の基調を継続し大きな成長をめざす。中でも、スマートフォンやスマートパッドの急速な普及に対して、PCで築いてきたのと同等、またはそれ以上のポジションを取りに行く。





■インターネットイニシアティブ(IIJ) 鈴木 幸一代表取締役社長「インターネットが安全かつ安心して使える情報通信基盤として利用できるよう、一層の努力を重ねる」

 IIJは、2012年で設立20周年を迎える。「失われた20年」とされる時代に、IIJは成長し、IIJの設立とともに、商用ベースでのインターネットの普及が始まった。「インターネット」という技術革新は、あらゆる世界の枠組みを変える意味では、その流れを激しく加速させる原動力ともなっている。



 20周年を迎えたIIJは、「インターネット」の可能性を拡大させるための技術的な貢献を図るとともに、技術的な課題の解決、負の側面に対する対応など、インターネットが、安全かつ安心して使える情報通信基盤として利用できるよう、一層の努力を重ねることで、社会に貢献していく。





■日本ヒューレット・パッカード 小出 伸一代表取締役 社長執行役員「グローバルな強みを活かして、日本企業のグローバル化を支援」

 2011年は東日本大震災により、日本全体がかつて経験したことのない重大な危機を迎えた年だった。IT利用の観点からは、災害対策や節電対策が企業にとって喫緊の課題となりBCPや省エネ、在宅勤務などワークスタイルの変革といったソリューションへの注目度が高まった。



 2012年は日本にとって、まさに震災復興への元年であり、経済回復へのターニングポイントの年となる。日本企業のグローバル展開やTPPなどにみられる新自由貿易圏の議論が進む中で、日本が真にグローバルリーダーシップをとれるかが問われる年になる。



 日本HPは、こうした変化と期待に、幅広いポートフォリオと最先端のテクノロジーで応えていく。顧客の経営課題は何か、それを解決するためにITが支援できることは何かを、お客様の視点に立って共に考え、最善のソリューションを提案していく。さらに世界170カ国で事業を展開するグローバルな強みを活かして、日本企業のグローバル化を支援していく。





■NTTぷらら 板東 浩二代表取締役社長「「ひかりTV」サービスの普及拡大、新STBの開発・導入、映像配信サービスの拡充に注力」

 12年前の2000年はNTT東西が光アクセス「Bフレッツ」のサービスを開始したが、あれからビジネス環境は大きく変化しているインターネットは、ビジネスと生活になくてはならない基盤になるとともに、光回線を中心としたブロードバンドインフラの構築が一気に進められてきた。今や、NTT東西の光回線利用者数は約1600万人を数える。



 当社は、この光のインフラ上での映像配信サービスが大きなビジネスになると捉え、2008年3月末から「ひかりTV」を開始。そして今年は、映像配信サービスに新たなアプリケーション/サービス、コンテンツをテレビに加え、スマホ、タブレット端末などのマルチスクリーンで提供することを本格展開していく年と捉えている。スマホユーザへの「ひかりTV」サービスの普及拡大、アンドロイドOSなどを搭載した新STBの開発・導入、映像配信サービスの拡充という3点に注力をしていく。





■EMCジャパン「「IT トランスフォーメーション」「ビッグデータ」「トラスト」を基軸に、ビジネスの成長と競争優位の実現をサポート」

 今後、社会を支える多くのビジネスがITを活用してサービス化され、「XaaS (eXecution as a Service)」として提供される時代に入っていく。2012年はそれが急激に加速されていく年であると考える。ITのサービス化を支えるITインフラの最適な構築と運用のため、EMCジャパンは、「ITトランスフォーメーション」「ビッグデータ」「トラスト」という3つの分野に注目し、サポートをしていく。







(この記事はテクノロジー総合(RBB TODAY)から引用させて頂きました)

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