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地震は強力であり、地震には人のチカラでは敵わないのが事実。
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地震が起こると子供たちがおもいっきり騒ぐ。



地震が怖くて騒いでいるならカワイイものだが、地震を見るだけでテンションが最大限になるらしい。



兄弟揃って地震の強大なチカラに感動すら覚えているらしい。







地震を怖れないのは我が子ながら関心するが、それにしても楽しそうだ……



これでいいのだろうか、まぁ怖がるよりはいいの、かもしれない。







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絶対零度 動画特集!!





【参考情報】

○<東日本大震災>漁業復興へ岩手・大槌町と福岡・玄界島交流○



 東日本大震災の津波被害で主産業の漁業が大きな打撃を受けた岩手県大槌町の被災男性が28日、05年3月に福岡沖玄界地震のあった玄界島(福岡市西区)を訪れた。同じ水産業の町同士だが、島は住民の意見を生かして再生を果たした。「大槌のまちづくりのヒントに」と島内を見回り、住民の説明に熱心に耳を傾けた。



 訪れたのは大槌町の臼沢良一さん(63)。同県釜石市の元職員で、自ら被災しながらも、地域住民の交流の場を作ろうと野外広場を運営する。住民有志で円卓会議も開き、町の未来像を話し合ってきた。だが昨年末、復興計画を決める町の会合に出席すると、高い防潮堤を築く県方針がまず示された。「これは東京から来た専門家の土地利用計画。地域を知る住民の視点が生かされていない」と疑問を抱いた。主産業の漁業関係者から「議論の機会がない」と不満が出ていることも聞き、同じような地域の復興モデルを探して玄界島に着目した。臼沢さんを支援する福岡市在住のボランティアが、島との縁を取り持った。



 漁業が基幹産業の島では地域の約8割が全半壊。再建へ、島民同士の選挙によって復興対策検討委員会のメンバーを決め、連日議論。福岡市が被災地域を買い上げて整備後に住民へ分譲する計画で合意し、3年という短期間で復興を遂げた。



 28日午前、島づくり推進協議会長で漁師の細江四男美さん(56)に迎えられた臼沢さんは、被災後の島の写真や映像を見た後、整備された住宅地や漁港を視察。臼沢さんは「島全体が家族のようで、日ごろから信頼関係を築いていた。復興にも島民が声を上げていて、大槌町とは違い驚いた」と話した。



 細江さんは「復興の鍵は、若手も交えて地域に根ざした強い組織を作り、話し合うこと。被害規模も違い、長い時間はかかるだろうが、まだ間に合う」とエールを送る。大槌町の復興計画は今後、住民の意見を聴いて具体化される。臼沢さんは「帰ったら、漁業関係の人と膝を交えた円卓会議を開きたい。ただ高い堤防を作るのでなく、大槌の自然が感じられる町にしたい」と話している。【青木絵美】





(この記事は社会(毎日新聞)から引用させて頂きました)

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